朗読

初めての地上から/ギャルリ・ディマージュ(刈谷市)にて

Twitterでお知らせしていた、JR刈谷駅近くのギャラリー「ギャルリ・ディマージュ」での初めての朗読が終わりました。ご来場の皆様、ありがとうございました。
 
月末の、週末の、ということはプレミアムフライデーだ!と思う間もなく、バタバタと準備から本番まで終わってしまったので、お知らせもままならなかったのですが、それでも聴いていただけた方があったのは有り難かったです。
 
今回読んだものを事前にお知らせできなかったのは、ご存命の方である一方で、どこに許諾をお願いしたら良いのか、探しあてることができなかったためという事情もありました。名古屋や一宮にも縁があり、1950年代から旺盛な活動を続けている、詩人「中江俊夫」を取り上げました。もし関係の方がこちらをご覧になっていましたら、事後ではありますがお詫びを申し上げておきたいと思います。
 
「街」
「夜の魚」
「田園」
「街について」
「森へゆく」
「鎮魂歌」
「昔々」
 
会場でも申し上げたのですが、身近な風景から心象に鋭角に斬り込むだけでなく、身辺から宇宙の営みへとこれまた鋭角に駆け上がるイメージの豊かさを、私自身も読みながら楽しんだような心境でした。もともとはオーナーさんからご紹介をいただいた作品群でしたが、出会えてよかったなあ、と思います。
 
そして最後には、詩人つながりで、よく読んでいる中原中也の随筆「散歩生活」と、オーナーの角谷さんのご主人作の詩を一編読ませていただき終演となりました。
 
有り難いことに、来月以降も続くことになりそうです。今度は別の作家を取り上げながら、より多くの方に、とはいえ限定10名様なのは変わらないのは残念ですが、改めてご案内したいと思います。オーナーの角谷さんご夫妻には大変お世話になりました!今後とも宜しくお願い申し上げます!

「朗読会拓使3」終了しました

「朗読会拓使3」神戸・名古屋の全日程を終了しました。本企画の実施に当たりご協力をいただいた、出演者の峯さん、平林さん、天野さん、アジさん、会場ののらまる食堂と大須モノコト、そしてリアルにご来場いただいたり、配信公演をご覧いただいた皆様、誠にありがとうございました。改めて、深く深く御礼申し上げます。

突然ですが、こうなることは分かっていました。
それは2つあり、札幌、福岡、そして神戸と3回が終えられたこと、そして3年を経ても、大して成長しない、なかなかうまく行かない、そういう自分を再確認したことでありました。それだけ内容が充実していた、という言い方もできるかもしれませんが。

楽しんでくださったお客様には申し訳ないのですが……。

「それでも僕は何とか立ち上がろうとする。なぜならそれは朝だからだ」

そんな中島らもが遺した言葉に唐突に触れたくなって、iTunesを開き、回したのはピアノマンRikuoの「パラダイス」。スポークンワーズのように間奏に入っているのです。ライブ盤には。

捻ってcatchして 続けよう
帰る場所はない 旅は終わらない
虹はつかめない ここから始まる新しいパラダイス

ちょっとでもマシなものになるように、きっと今日から動き出すのだと思いました。多分来年も「朗読会拓使」どこかにお邪魔します。

辛くても苦しくても、読むことが生きるよすがである限りは。

なお、名古屋の分も明日または明後日まででアーカイブは公開が終わります。まだの方、ぜひこの機会に。

9/12 18:00 の回(with 天野初菜さん)
https://ssl.twitcasting.tv/afrowagen/shopcart/16573

9/13 18:00 の回(with アジさん)
https://ssl.twitcasting.tv/afrowagen/shopcart/16580

「朗読会拓使3」チケット発売しました

(クリックするとちらしをダウンロードできます!)

おはようございます。本日からお盆休みという方も多いのでしょうが、ご案内のとおりの状況なので、今週末は墓参にも戻らず、家の中でじっとしていることにした私です。

さて、前回のエントリでご説明したとおり、開催の可否を検討してきましたが、愛知県に期間を区切った緊急事態宣言は発せられましたが、今回の上演期間には重なっていないこと、また神戸市を含む兵庫県などにも同様の措置がされていないことから、正式に「朗読会拓使3」を開催することとします。今後、事態の急激な変動が生じた際には改めて検討しますが、とりあえずはよろしくお願いいたします!

と、いうことで本日より、チケットご予約を開始しました。9月第1週末、5日から6日は神戸市、翌週は地元名古屋にて村上春樹「かえるくん、東京をすくう」をとりあげます。お相手は、大阪・神戸を中心に活躍中の劇団「遊気舎」(http://yukisha.holy.jp/)の峯素子さんで、ミュージシャン(奏で手)には、神戸は平林之英さん(sunday)、名古屋は昨年に続いての天野初菜さん(ピアノ)と、昨年の福岡でご一緒したアフリカ太鼓、ジャンベのアジさんにおいでいただくことにしました。以下、詳細は https://www.afrowagen.net/wpr/?page_id=1271 をご覧下さい。チケットのご予約こちらです。

https://ws.formzu.net/fgen/S37382354/

1995年、阪神・淡路大震災の1ヶ月後に東京・新宿を襲う直下型地震を知らされて、「かえるくん」とともにそれを阻もうとする男の話、というとあまりに表面的な説明ですが、原作をお読みになったことがある方は、短い物語の中にある彼らの「揺れ」幅の大きさを思い起こされたりするかもしれません。当初は、「阪神・淡路」から25年、来年は「東日本」から10年ということで考え始めたことでしたが、今となっては物語に取り上げられた「あの頃」と同じく、社会そのものの揺れが大きくなりつつあるからこそ、取り上げる意味がさらに積み重なってきた、そんな風に思えます。

そして、実は再演なのです。2011年、まさに東日本大震災から4ヶ月後に、大学演劇部時代の先輩、福田寛之さんと東京名古屋で初のツアー公演を敢行したのも、この作品でありました。

当時の告知ページです。
http://dp22226223.lolipop.jp/rodoku_sensui5.shtml

勢いだけで乗り切ったあの時とは異なり、お集まりいただいた皆さんの顔ぶれの幅広さとともに、それぞれのステージが全部違うものに見え聞こえる、そんな朗読になると思います。どうぞご期待いただきいただければと思います。

遠方だし会場にも来られないし、という方、今回は「ツイキャス」によるプレミア配信(有料です)もございます。各回で購入ページが異なりますので、会員登録の上、ぜひお申し込み下さいませ。お待ちしております!

(9/6神戸) https://twitcasting.tv/afrowagen/shopcart/16570
(9/12名古屋) https://twitcasting.tv/afrowagen/shopcart/16573
(9/13名古屋) https://twitcasting.tv/afrowagen/shopcart/16580

「朗読会拓使3」の開催判断について

■8月になりました。本来であれば稽古もガンガン始まり、宣伝も本格的にという局面であるはずなのですが、当初の見込みを、悪い意味で大幅に上回ってきているように思えてなりません。
全国で新たに1579人感染確認 東京、愛知、福岡、沖縄などで最多更新
■これがいわゆる「第1波」の残りかすなのか、新たに襲来した「第2波」のさきがけなのか、素人同然の知識では分かりかねますが、どうやら新型コロナウイルス感染症の影響は、今回の「朗読会拓使3」にも直接影響を与えるような様相になってた、と判断せざるを得ないというのは間違いないようです。
■先週末、マスク手洗い完全防備で、協会お迎えする峯 素子 さんと大阪市内の風通しのいいところで話し合い、以下のような方針を確認したところです。
①今後、大阪府or兵庫県に「緊急事態宣言」あるいはそれに類する宣言が出た場合は中止・順延とする。順延の場合は2021年の同時期を想定するものとする。
②①の状態にならなくとも、大阪府に発令され、隣接する兵庫県・神戸市/京都府・京都市には出ていない場合でも、都市間の人の移動が完全に止まることは考えにくいため、感染のリスクを少なからず負うことになる。その場合は、名古屋/神戸の両都市公演とも「配信のみ」で行うことを検討する。
③チケットの発売を8月1日(土)からさらに1週間遅らせて、8月8日(土)とし、その間に開催の可否を最終的に判断する。
■ということで、後しばらくだけお時間をいただければと思います。なんだか、煮え切らない態度を続けるどこかの国の政府みたいですが。どうぞよろしくお願い申し上げます。
■最後に、今回も橋本デザイン室(三重県・津市)の橋本純司さんによる、すんばらしいデザインのちらしが上がってきました。その表面だけですが公開いたします。橋本さん、大変な状況の中ですが、今回も本当にお世話になりました!

こんな風に歳を喰いたい② 出村孝雄先生の口演童話

前稿から続く②です。吉森さんの話を受けて、というほど過去の思い出に振れた話ではなく、むしろ未来に向けた目標のようなものができた、ということで、いつか書き残さねばと思っていた話です。

コロナ禍のまっただ中、外出も極端に少なくなった暇を埋めるように、読んではYoutubeに上げというプロセスを繰り返しました。それまでは柳ヶ瀬での録画を1ヶ月に1本上げるだけだったのですが、この4、5月の2ヶ月で11本のアップです。ユーチューバーって大変だなあ…、と最近すっかり定着した感のあるあの職業の片鱗を体験したような気がしました。今後も上げていきますし、実はこの後、午後4時半に1本上がるのですが。

■そんな中で、これから、岐阜で、柳ヶ瀬で何を読んでいこうかということを考えたのです。もちろん山本周五郎を始め、青空文庫に収録された作品を読んで残していくのは勿論なのですが、できれば地域に根付いた作品を読みたいというのは常に願望を抱いていて、これまでに #麒麟がくる とも絡む吉川英治「新書太閤記」や、岐阜信用金庫の社史的読み物「長良の篝火」を読んできました。そういう作品、どこかにないだろうか、と。

■そう考えていたゴールデンウィーク中、岐阜大学の出村先生のエントリで知りました。出村先生のおじいさまが童話作家であったこと、その口演の模様がアップされたものを拝聴しました。あくまで穏やかに、とても優しい語り口の作品群がすごく良いなあと思うと同時に、カセットテープでの録音を基とする音源に、ある種の凄みを感じたのです。

https://pekeronpa.com/writer/

■子どもたちに聴いてもらう読み、自分にも経験はありますが、何の照れもてらいもなく物語に向かってくる、そのテンションは凄いです。学齢が上がるに従って、読む側の私の声への意識が徐々日に高まってきますが、幼稚園から小1くらいまではそれをも超えて、読む側の存在そのものに突進してくる。自分のコンディションによっては、それは恐怖さえ感じるものかもしれませんし、実際そう感じたことが私にはありました。

■出村孝雄先生の中にも、或いはそんな惑いや恐れはあったのかもしれません。それをみじんも感じさず、どこまでも穏やかで優しい、包み込むような感触。どこまで行けるか分からないけれど、こういう読みを目指したい、と思えたのでした。

■「ペケロンパチャンネル」ぜひ1度、お聴きになってくださいませ。https://www.youtube.com/channel/UC0vrawuUhBALeQPAV8O27hA/

有り難い夜ー「内燃機関4」

まだ24時間しか経っていないはずなのに、ずっと昔の出来事のような、あるいはまだ終わってなくてずっと続いているような、そういう不思議な感覚を抱くイベントでした。他でもない、昨夜(2月15日)行われた「内燃機関4」のことです。聴いていただけた方、誠にありがとうございました。金山ブラジルコーヒーにて行われた本番は、SNSのタイムラインで、ご覧いただいたお客様が複数触れていらっしゃるように、ある種の奇跡が起こった夜のような気がしました。

主催者の方からオファーをいただいたのは、昨年の秋から冬の間のどこかだったと記憶しています。まず、今回共演をさせていただいた今回の皆さんのお名前を聞いて、果たして自分で良いのかしら?と思ったのが最初の感想でした。

特に、二宮友和さんの名前を見つけて、20年前の私に、お前はeasternyouthのベースの人と朗読で共演するんだぞ、と言ってもきっと信じられないだろうななんてことも考えました。正直、震えていました。

まず、1番手の炎上寺ルイコさん。反差別、アンチレイシズムの立場からのぶれない、しかしとても心の琴線に届く浪曲節。以前からご案内の通り、私は春野恵子さんの浪曲公演の制作を務めています。そこに至るまでは、様々な紆余曲折があったわけですが、とにかく私の現在の場所を指し示すパフォーマンス、それに続いて私の朗読の番になりました。

あらかじめ「弱い立場の人々、苦しい境遇に置かれた人たちを見つめるような作品を」というオーダーをいただいていました。山本周五郎をずっと読んできた私にとって、そのような求めに応じて選ぶ作品は「季節のない街」しか考えられず、その中から冒頭作「街へゆく電車」を読みました。舞台となったのは、現在の横浜市南区から西区に至る一帯と言われています。架空の電車を毎朝毎夜操る「六ちゃん」と、その母親「おくにさん」の関係は、現在も、いや現在こそ再び目立つようになってきた、酷薄な社会から忘れ去られてしまったような、そして誰にも看取られずに事切れてからようやく報道により注目されるような存在であり、だからこそ今読むことに意味があるものだと思ったのです。

なお、日本映画の黄金時代が陰りを見せ始めた1970年代、その状況を憂いた黒澤明監督は市川崑、木下恵介、小林正樹監督ほかと「四騎の会」を作り、1本の作品を撮りました。それがこの短編連作集を元にした「どですかでん」です。詳しい内容は実際に本を読んでいただいたり、部分的には下の動画を見ていただければと思いますが、むしろ奇跡は、私の朗読が終わった後に起こった気がします。

というのも先に挙げた二宮さんに、山田参助さん、橋本悠さんのトリオでの演奏に、大げさでなく、私の朗読と、読んだ私自身をどこかへ連れて行ってくれるような思いを抱いたからです。山田さんのボーカルは、まず歌詞の前に、マイクを両手で包みこみ、ある種の擬音を発するところから始まりました。それは見た目不思議なムーブであり、何が始まるんだろうと思った瞬間、まるで私が読んだ舞台の、横浜の丘陵地帯から一気に、今で言うみなとみらいの地域へ向けて吹き下ろす風が起こり、ちょうど岸壁につながれた汽船が発する霧笛にも似た音が、出番を終えて控えていた私の耳に飛び込んできたのでした。

これまで、いろいろな読み手の方、ミュージシャンの方と共演をさせていただきましたが、共演した方のパフォーマンスによって私自身をどこかに連れて行ってくださった、そんな感触を抱かせてくれたのは、この夜が初めてでした。お世辞でも何でもなく。この瞬間に立ち会えただけで、この日に読めて良かった、と心から思いました。

そうだ、私は読むことで、どこかへ行きたかったんだ。

今回、このような場を与えてくださった「内燃機関」主催の水谷さん、ブラジルコーヒーの角田さんを始めとしたスタッフの皆様、そしてもちろん共演のルイコさん、二宮さん、山田さん、橋本さんに、重ねて御礼を申し上げます。

そしてまた是非、どこかでご一緒させてください!ありがとうございました!!

考え違いー身体にことばを入れること

新年以来、Twitterは別にしてしばらく長い文章を書いていませんでした。理由はいくつかあるのですが、そこまでのことと、明日のことを書きたいと思います。

昨年11月の「青空文庫朗読コンテスト」が終わった後、札幌に行って、明日に備えて稽古をはじめるまで、この活動日報やFacebookにも残しましたが、「書いてあるものを読めばいい」と思っていましたし、実際そうしていました。しかしこれは、ある種の逃避だった。逃げていたなと気付きました。

読むことばに、予断や力みを持つことなく向き合うことはとても大切だと思います。しかしそれは、書かれた世界のことを余すことなく自分の身体と意識の中に落とし込んで、まがりなりにもそのすべてを隈なく見通すことができる、とある納得を得た上でこそ可能になるのです。このあたりが、より正確性と瞬発力と、時にはひらめきを必要とされる、一般のリーディングやアナウンスメントと朗読が異なるなのかもしれません。

そういうことを考えながら、この3週間くらいは1本の短い原稿に向き合っていました。それが明日の「第9回 朗読コンクール」(主催:日本朗読文化協会)の準備でした。明日の今頃には新幹線で東京に着いている頃だと思います。もし、今からでも聴きに来ていただけるという方、いらっしゃいましたらお知らせください。チケット、まだご用意できると思いますので。

残念ながらという方は、こちらを。先週の柳ヶ瀬で収録した、山本周五郎「赤ひげ診療譚(たん)」の冒頭作、「狂女の話」です。編集面でもすこし工夫をしつつ、YouTubeにアップしました。この後、朝9時ごろには全編を見られるようになるはずです。どうぞよろしくお願いいたします。次の柳ヶ瀬は、2月29日(土)です。

12月28日をめぐる3つの奇跡

札幌・狸小路の「俊カフェ」で行われた「朗読濃尾(ノーヴィ)」から帰ってきました。その報告です。道中、起こった2種類3つの奇跡ともいうべきことについて。

普段は新千歳に直行するところ、「ムーンライトながら」で品川、始発の京急で羽田に行って函館行きの始発で飛んだのはやはり私とどこかでつながっているかも知れない、同じ名古屋をルーツにした旧尾張藩士たちが入植した八雲のことを「冬の派閥」で読むのなら、ちゃんと知っておきたいという気持ちからでした。それが奇跡のきっかけでした。

函館=箱館は幕末に開港した街。そしていち早く和人とアイヌと外国船員たちが混交し、交流し、文化の集積地になった街というイメージのままの風景。その中で、久生十蘭、長谷川海太郎、佐藤泰志、辻仁成といった小説家たちの「言葉」が渦巻き、蓄積しているのだということを市立文学館の展示を見て感じつつ、スーパー北斗で1時間、八雲駅に着きました。

レンタカーで回る余裕もなく、手近なところからと町の公民館へ。するとありました「徳川さんの像」。尾張徳川家第14代藩主、徳川慶勝(よしかつ)公の彫塑です。維新後、自らカメラを操り多くの記録を遺したところから「写真家大名」と称された公の肖像写真そのままの姿でした。

その裏手にある町郷土資料館と「木彫り熊資料館」の建物には、八雲が八雲となる前の「遊楽部(ユーラップ)」の時代、そして更に昔の旧石器・擦文時代から説き起こした歴史の中で、入植と開拓が丁寧に、ひときわ大きく取り上げられていました。

「冬の派閥」は大正中期、最初に入植した人びとがひとりまたひとりと生涯を終え、八雲の地で土に還っていくところで終わっていますが、現実の歴史は徳川農場による大規模な農業開発、炭鉱の採掘から、第二次大戦後の農地解放を経て八雲産業(株)となって以降の経過まで、多少展示説明が更新されていない部分はあるにせよ、朗読する私の基礎となるには必要にして十分なものでした。欧州から「農民美術」として輸入され、観光物産として爆発的に人気の出た木彫りの熊も含めて。

その資料館を出るとき、奇跡の1つめが。窓口に、最初にご挨拶した方とは別の眼鏡の男性がいらしたので声をかけ、今回の訪問の目的を話せば、その方、学芸員の大谷さんはなんと北名古屋市(旧西春町)のご出身で、かつて名古屋市鶴舞中央図書館にも、八雲への尾張藩入植の件で講演をしに来られたことがある、とのこと。まさかそんな方がここにいるなど思いもよらず、私と同じように引き寄せられたのか、ということも考えました。興奮しました。

城山本にも、その大谷さんにも教えられた入植時のリーダーのひとり「吉田知行(よしだともつら)」の足跡をたどり、八雲神社に詣り、明日の朗読の無事を祈って町役場方面へ、「ここを八雲と」の記念碑、そしてもうひとりのリーダー格「角田弟彦(つのだおとひこ)」の歌碑を確認しながら、雪を踏みしめて駅へ戻り、サランベ川の河口付近の海岸線にある「上陸地点の碑」に行きたくて、偶然止まっていたタクシーに乗り込みました。

「実は私名古屋から…八雲の入植のことを…」の私の言葉に運転手さん、「ああ、私ね、むかし蒲郡市で働いていたんですよ」

2つめの奇跡。蒲郡は名古屋からは離れますが愛知県、というより、徳川家のルーツである旧・三河国のど真ん中です。わずか3時間弱の八雲滞在で、2人も愛知県にゆかりある人に出会うとは。あまりの巡り合わせに気が遠くなりそうでした。

そうしてたどり着いた上陸記念碑は、噴火湾から吹いてくる風と、16時前というのに既に暮れかけている光に照らされていました。たぶんこの光景を、私は一生忘れないと思います。名前を聞きそびれた運転手さんにお礼を言いつつ、ふたたびスーパー北斗で19時過ぎに札幌に。宿で下読みを始めたら最後まで行き着かず寝入ったまま朝を迎えました。起きても一切外へ出ず下読みと当日使う事前の説明道具(スケッチブック)の作成に没頭し、15時過ぎに会場の「俊カフェ」へ。

文庫本で38ページ、時間にして70分超の朗読を、皆さんじっと我慢して聴いていただきました。全編にわたって拙い読みであったかもしれませんが、最後まで締めくくることができたのも、そのお客様、そして俊カフェの古川さんのお力添えによるものでした。遅くなりましたが、改めて深く御礼申し上げます。古川さん、皆様ありがとうございました!

その後、ささやかな打ち上げ兼忘年会へ。ここで、3つ目の奇跡が、というか記憶が戻ってきてそのまま口から垂れ流した結果、奇跡の存在に気付いたのでした。読むことへの興味のルーツを問われて、迷うことなく私はAMラジオの存在を挙げたのですが、そこに既に北海道は存在していました。ふるさと一宮市は愛知の端っこです。尾張とつく駅があるのに天気は美濃地方西部の予報が当たる街です。そこで育った私のラジオ体験はCBCも東海ラジオは勿論、岐阜放送(GBS)ラジオ、1431MHzとともにありました。ただし、名古屋の局と違い、GBSは午前0時半で毎日終わっていましたので、その後、ノイズに近い、でも声混じりの音が続きました。ダイアルを触ってみれば、すぐ隣の周波数で、ずーっと放送している局が。それが1440MHz、札幌STVラジオの電波だったのです。その後、看板番組「アタックヤング」にハマった私。

今回、それから30年の歳月を経て北海道と繋がることになるとは。少しだけ大きく捉えれば、昨年の「朗読会拓使」のことを考え出したときから、少しずつ、現在に向けて導かれていたのかも知れません。

夢だったアナウンサーにはなれませんでした。それを古川さんでしたか「ちょっとズレたんですね」と言われました。ちょっとズレてこれだけのものをこの年末3日間でいただけたのなら、それもよかったのではないのかな、と珍しく、自分で自分を納得させられた、とても収まりの良い夜でした。

かの地へ、ふたたび(12月28日)

「さて、もうこれで何もかもおしまいだ」
…と、青空のコンテスト後ゆっくり感慨にふけるような師走があるはずもなく、今年もバタバタの年末年始を過ごすことになりそうです。と、いうのも、5月の「俊読2019」以来、わずか7か月で再び札幌「俊カフェ」の古川さんにお誘いをいただき、ニシムラのひとり朗読が実現する運びとなったからです。

日時は12月28日午後、まさにド年末というべきところですが、2019年のうちにできればやりたいということは自分の方も考えていたことでもありました。昨年、北海道が北海道と命名されて150年の節目の年を迎え、さまざまなイベントが展開されました。昨年の「朗読会拓使」を札幌でやる、となった時、頭にあったのはそのことで、初めての土地で初めての人々と出会うということをタイトルにこめたのでした。

歴史をひもとけば、かつての愛知の人々もそうでした。1879年、尾張徳川家の当主として幕末と維新の乱世を歩み切った徳川慶勝(よしかつ)公が、居場所を失いつつあった旧藩士たちの生きるよすがとして用意したのが、現在の渡島(おしま)総合振興局二海(ふたみ)郡八雲(やくも)町の広大な原野でした。トップページの写真は、その八雲町の風景から切り取ったものです。

右も左も上も下も、厳しい冬も熊による食害も、何も知らない状態で飛び込んで以降、アイヌの人々の力を借りながら懸命に生き延びるしかなかった彼らの歩みを描いた、名古屋出身の小説の大家、城山三郎の歴史大作「冬の派閥(ふゆのはばつ)」を、彼らが八雲に居を定めて140年の節目となる今年のしめくくりに、狸小路の「俊カフェ」で読ませていただこうと思います。【(公財)日本文藝家協会許諾番号第250271号】

札幌のみなさま、道内のみなさま、普段は市内の劇場に尋常ならざるペースで現れる演劇好きのおっさんとしての姿しか知らない皆様にも、私のホームグラウンドはこちらです、と改めて申し上げたい。限定20名のお席です。ご予約は俊カフェ(☎011-211-0204)でも私まで直接( rodoku@afrowagen,net )でも結構です。お忙しい中かとは思いますが、ご来場をお待ち申し上げております。地図はこちらです。

なお、他にあと1本、何か読むかもしれません。何を読むかはこのエントリの中にヒントが隠れていますので探してみてくださいませ…。

納得ー「青空文庫朗読コンテスト⑪」

「今回、獲る気、なかったでしょ?」
終わった後にそのように尋ねられて、あっ、そうそう、確かにそうだった、と思ったのです。

昨年は第2位にあたる銀賞をいただいた「青空文庫朗読コンテスト」に今年も参加して、851名(確か)の予選参加者の中から30名の中に残していただき、昨日、その本選のために大阪に行ってきました。

4つの課題作の中から1つを選んで録音予選/対面予選に参加し、その中からの選抜という流れを経るのですが、今回の私は、江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」の抜粋部分を選びました。実はその録音予選の素材を収録したの、札幌でのバカンス中(笑)だったのです。いつもの逗留先のゲストハウスの共有スペースで、パッと録ってサッと送ったのは、その後の「朗読会拓使」の製作期間のスケジュールを考えると最後のタイミングでした。

それでここまで行けたんだから良しとしなければならないのかも、という気持ちと、入賞できなかったから出てないとも同じだなこれ、という気持ちがない交ぜになったまま、ひと晩寝て起きて、午前6時前にこれを書いているところです。

でも、と思います。
今年の進行具合で、今回のようなテキスト解釈で、一昨日のエントリで残したように「書かれた文字を、そのまま読む」ことは、想像した程度に概ねはできました。結果的には声色の表現が混じりましたが、それは「ああいう」風にしか明智小五郎を読めなかった結果です。とてもじゃないけれど、シュッとしたイケメンでイケボで頭脳明晰明朗快活、そんな非の打ち所の全くない人だとは思えなくて。

あ、そうそう。これも終わった後に他の出場者の方に言われたことですが「あんなに『動かしてくる』とは思わなかった」とも。

種を明かせば、「視線や声のベクトルに揺れを作っていたのは明智と「私」が事件現場となった本屋と、道路一本隔てたカフェの、多分テーブル向かい合わせではなくカウンターだろう、そこで、ウエイターなりバーテンの肩越しに、お互いが何を見て何を考えているのかを察しあい感知しあい、店の他の客にもある程度は遠慮しつつ居ようとする2人をどう読んで表現するか、」

という個人的なテーマに即したものだったので、「え?逆に何であそこまで動かないんだろ…?」と思ったのです。それが評価されないのはピンからキリまで私の責任ですし、そういう繊細さをいかに伝えられるようになるか、が私の今後の課題なのだとも言えます。そういう意味で今回審査に当たってくださった審査員の皆様にも深く御礼を申し上げます。

さて、今夜改めてお知らせしますが、来月は再び北海道にうかがいます!12月28日、仕事を早く納めて来ていただけませんか?というお願いです。どうぞよろしくお願いいたします。