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あたらしい螺旋へ―2022年末

新年あけましておめでとうございます。いま、午前2時を少し過ぎた一宮市の実家の居間でこれを打っています。旧年中は多くの方に大変お世話になりました。今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

昨年の今頃、何を書き残していたかしら、と思い読み返してみれば、何のことはない、これから書こうとしていることと大きくは違わなかった点と、この段階があったから今、こういうところに来たのだな、と納得できる点の両方がありました。

9月、役者を引退します、と申し上げました。

それ以来、とても身体が軽くなったような気がします。もちろん、物理的には大して違いはなく、あくまで気の持ちようで、ということですが、普段言葉を使った表現をしている人のくせして、実際に口から出すことの効果を見誤っていました。
この調子でいこうと思います。そして、より深く。

何を?かといえば

・「濃尾」→愛知を、岐阜をより広く、深く。さまざまな作品の発掘を通じて

朗読者としてはまずこれを、ライブの朗読とYoutubeを一層活用して進めます。「岐阜のつたえ話」もちろん、読み手としていろいろなところへ旅をしてみたい。

そして、公演制作の方面では

「交流」→実際の上演だけでなく、多様な形の知識と技術の交流を図る

ここは一応、2015年にワークショップデザイナー(地域教育育成専門員)の資格はいただいていますので、その腕が錆びつかないよう、愛知・名古屋地域に新しい風が吹くような企画を組みます。すでに動き始めているものもあります。そこは特に声と身体、演劇的スキルに関するものを中心とした取扱いになると思います。ご期待ください。

まずはさっそくこの3が日のうちに1本アップします!しますとも!

《2022年の記録》
※柳ケ瀬「朗読濃尾(ノーヴィ)」
その139 1月8日(土曜日)
その140 4月9日(土曜日)
その141 5月14日(土曜日)
その142 6月11日(土曜日)
その143 7月9日(土曜日)配信のみ
その144 9月24日(土曜日)
その145 10月22日(土曜日)
その146 11月23日(祝日)
その147 12月24日(土曜日)

※2,3,8月は中止

※刈谷市広小路「ディマージュの庭」
その15 1月15日(土曜日)
その16 2月19日(土曜日)
その17 3月19日(土曜日)
その18 4月30日(土曜日)
その19 5月21日(土曜日)
その20 6月18日(土曜日)
その21 7月16日(土曜日)
その22 8月20日(土曜日)
その23 9月10日(土曜日)
その24 10月15日(土曜日)
その25 11月12日(土曜日)
その26 12月22日(水曜日)

6月11日~12日 順風男女公演「おてんこうてんおてんてん」
(於・長久手市文化の家光のホール)
9月11日 劇団シアターホリック「夜明け前≒LostGeneration」(於・G/PIT)
10月9日 朗読四都MONOがたり
(於・ホテルウイングインターナショナル渋谷)

ここからひろがる—「ディマージュの庭」第23回

シアターホリック名古屋公演のあった週は、偶然私のいつもの朗読と重なりました。本来ならば月の第3週に行われる刈谷市のギャラリー「ギャルリ・ディマージュ」での「ディマージュの庭」が、1週繰り上がったためです。そして、その繰り上がりの理由が、個人的にはグッとくるものでありました。

2020年の秋、まだ移転前の、JR刈谷駅近くにあったディマージュで始まったこの企画は、毎回ひとりの詩人を取り上げ、その人となりを私が毎回取材して話したり、たまには作品を読んだりという1時間の内容で、これまで22回繰り返してきました。

そのことを当日報でもなかなか書かなかったのは、ありていに申し上げて、今も現役で活躍されている方、また鬼籍に入った後も著作権保護期間が続いていて、その許諾に一定の時間を要してしまう方の作品群に触れることもあり、そこがクリアされない方の作品を読みます・読みました、と申し上げる訳にはいかなかったという事情でした。なので、これまでSNSで公開したもの以外については今後もお知らせはしないつもりです。何卒ご了承下さい。

そういうディマージュの庭の中でも、ここまで通して行ってきたのは、ギャルリ・ディマージュのオーナー、角谷さんの夫君、清和さんがずっと書いてこられた詩を1本読むということでした。その本数がたまってきたこの秋、清和さんの詩と、陶芸の徳竹秀実さんとの2人展「詩と土の歌」が行われることになったから、このタイミングで読んでくれないか、というお誘いをいただきました。

本当、ささやかなものでしかないかもしれない。でも続けてきて良かったな、と思えました。私の朗読が、私のあずかり知らないところで拡がって伝わる、その最もわかりやすい例が生まれたわけですから。

その一部をご覧に入れます。

「景色が海へと」という詩を読んだあたりです。完全版は編集した上、来週の今ごろにはアップしたいと思います。よろしくお願いいたします。

トップの写真は清和さんと徳竹さんに挟まれた私。お世話になりました。

次回は10月15日です。刈谷市の方、ほかお近くの方、ぜひ1度ディマージュにお越し下さい。お待ちしています。

俯くのではなく足下(2021年末)

2021年が終わります。前回の本「活動日報」から1年以上経ってしまいました
ので唐突な感じはありますが、TwitterとFacebookは更新を続けておりますので、そちらをご覧いただければ幸いです。一部、そちらで残して置いた記録を転載しておきます。

何もしなかったわけではない。だけど何もできなかった、

という感触にとらわれているここ数日です。

中止と配信のみが続きながらも、岐阜・柳ヶ瀬と刈谷での朗読は今年も続けることはできました。柳ヶ瀬は139回、1年を迎えた刈谷も2回の中止はありましたが10回を重ねることができました。久しぶりにとよたミュージックケアの会の皆様とも3年ぶりにご一緒することができました。

そして何より、こんな状況の中ですが(特非)日本朗読文化協会の「朗読指導者養成講座」にも加えていただき、来年夏、8月まで東京で学ぶことのできる機会を得ました。

https://rodoku.org/%e5%8d%94%e4%bc%9a%e8%a8%ad%e7%ab%8b20%e5%91%a8%e5%b9%b4%e8%a8%98%e5%bf%b5%e4%ba%8b%e6%a5%ad%e3%80%8c%e6%9c%97%e8%aa%ad%e6%8c%87%e5%b0%8e%e8%80%85%e9%a4%8a%e6%88%90%e8%ac%9b%e5%ba%a7%e3%80%8d%e5%8f%97/

やっているじゃないか、頑張っているじゃないかと声をかけて下さる方もみえました。それにも関わらず上のように感じるのは、どこか「流された」感じがするのです。誰かに、何かに、どこかに。種類は様々ありましょうが、そう自分が感じたことを大切にしたい。幸い、原因は分かっているので。

隣の芝生を青いとうらやんだり僻んだり
ひるがえって自分は何もできないと落ち込んだり
そんなことに時間と体力を使うより
ひたすら自分の足下を見つめ、掘り下げることに専心したい

そんなことを思っていた年末に、背中を押される2つの言葉に出会いました。
まず、今年「東京の生活史」を上梓された立命館大学の岸政彦先生が紹介されていた、「沖縄学の父」伊波普猷(いは・ふゆう)の言葉です。

「汝の立つところを深く掘れ 其処(そこ)には泉あり」

そしてつい昨夜、元・ヤクルトスワローズの投手で現在はブラジル料理店を経営する片山文男さんが、高校球児であった時に監督にいわれた言葉、

「基本をまずしっかりすること。一瞬のチャンスが絶対に来る。努力をしていれば不思議なことが起きるんですよ。野球があったからこそそれを覚えたんです」

https://full-count.jp/2021/11/30/post1156926/

2つを繰り返し心に刻みつけつつ、年を越そうと思います。
皆様、よいお年をお迎えください。

−2021年の記録−

・『朗読濃尾』(於・岐阜柳ヶ瀬「いしぐれ珈琲」)
その132 1/30 配信のみ
2/27 中止
その133 3/27
4/24 中止
5/29 中止
その134 6/26
その135 7/31
8/28 中止
9/25 中止
その136 10/9
その137 11/13
をの138 12/11

・『ディマ−ジュの庭』(於・刈谷市広小路「ギャルリ・ディマージュ」)
その4 1/29
その5 2/20
その6 3/20
その7 4/17
その8 5/15
その9 6/19
その10 7/24with水野修平氏(pf)
その11 8/14
その12 10/16
その13 11/20
※9月、12月は中止

・とよたミュージックケアの会「おしゃべりコンサート」12月18日
(とよた市民活動センターホール)

初めての地上から/ギャルリ・ディマージュ(刈谷市)にて

Twitterでお知らせしていた、JR刈谷駅近くのギャラリー「ギャルリ・ディマージュ」での初めての朗読が終わりました。ご来場の皆様、ありがとうございました。
 
月末の、週末の、ということはプレミアムフライデーだ!と思う間もなく、バタバタと準備から本番まで終わってしまったので、お知らせもままならなかったのですが、それでも聴いていただけた方があったのは有り難かったです。
 
今回読んだものを事前にお知らせできなかったのは、ご存命の方である一方で、どこに許諾をお願いしたら良いのか、探しあてることができなかったためという事情もありました。名古屋や一宮にも縁があり、1950年代から旺盛な活動を続けている、詩人「中江俊夫」を取り上げました。もし関係の方がこちらをご覧になっていましたら、事後ではありますがお詫びを申し上げておきたいと思います。
 
「街」
「夜の魚」
「田園」
「街について」
「森へゆく」
「鎮魂歌」
「昔々」
 
会場でも申し上げたのですが、身近な風景から心象に鋭角に斬り込むだけでなく、身辺から宇宙の営みへとこれまた鋭角に駆け上がるイメージの豊かさを、私自身も読みながら楽しんだような心境でした。もともとはオーナーさんからご紹介をいただいた作品群でしたが、出会えてよかったなあ、と思います。
 
そして最後には、詩人つながりで、よく読んでいる中原中也の随筆「散歩生活」と、オーナーの角谷さんのご主人作の詩を一編読ませていただき終演となりました。
 
有り難いことに、来月以降も続くことになりそうです。今度は別の作家を取り上げながら、より多くの方に、とはいえ限定10名様なのは変わらないのは残念ですが、改めてご案内したいと思います。オーナーの角谷さんご夫妻には大変お世話になりました!今後とも宜しくお願い申し上げます!