朗読

人生は螺旋・2ー久保隆徳さん

※Facebookにも(ほぼ)同じ投稿をしています

「第1回 声つむぎ演読コンテスト」終わりました。声つむぎコンテストの公式サイトで発表されている通り、選外。箸にも棒にもかからない結果に終わりました、とまとめてしまうと言葉が強すぎるかもしれませんが。

正確に言えば6年半ぶりのコンテスト参加に、ああこういう感じだったよなと思い出すと同時に、悔しい思いをする時もこうだったと追体験しました。昔と違って、京都でU-35京都朗読コンテストに関わっている分、ここで何か獲れたら箔付けになるかもとは全く考えなかったか、と言われたら嘘になります。しかし、そういう結果云々がどうでもよくなるくらい嬉しい気持ちにさせられた瞬間が、全部終わってからありました。

久保隆徳さん。今回の審査員のお1人にして、富良野塾出身で富良野GROUPの俳優であるこの方に、前のエントリでも触れましたが、私は18歳の時に客席で出会っていました。1994年3月中旬、今も名古屋・栄にあるマツザカヤホールが開館間もない時に来演した富良野塾公演「ニングル」の初演でした。森と火と人の営みとの間に生まれる相剋に誰もが悩み、怒り、涙し、そして命を投げ出す120分ほどの作品だったと記憶しています。

その芝居に久保さんもご出演でした。その時のあるシーンが、脳内の映像に今もはっきりと残っています、今日こうしてお目にかかれて光栄でした、と伝えることができ、対してご本人からは「スタンドの高さ変えながら、マイクを最後に抜くまでのあれは演出?あのグッと入っていく感じ、良かったなあ」(大意)とお褒めの言葉をいただきました。気持ちがフワフワしてたので正直細かい言葉は抜けました。

螺旋がひと回りして、それが上向きなのか下向きなのかはともかく、昔見たのと似たような風景が見える場所にやってきたことを自覚した。そんな実感に強くとらわれました。

三浦綾子の作品をモチーフにした課題にストンと落ちる瞬間がすぐに来たわけでなく、コンテスト終了後の交流会でも男声・女声の違いのよる作品との距離も議論になった場面もありました。ただ一夜明けてやはり思うのは、三浦綾子の作品は確かに女性の目線だが、それらが描く世界は(信仰に基づく)人間の実相を追求するものに他ならないし、性差、声の違いはそこへ接続するための難易度の差でしかでしかないのでは、と感じています。

ありていにいえば「私の世界を捉えたきゃもっと努力しなさい」と三浦さんに言われた経験をしてきましたということかもしれません。じゃあお前はどうやって殴り返すんだ?それに答えを出すのが今日からの新しい螺旋を作っていくのかもしれない、と感じます。

久保さんありがとうございました。そして今コンテストの運営に関わられた三浦綾子記念文学館の皆様、ご一緒した出場者の皆様にも深く御礼申し上げます。

またどこかでお目にかかれればと思います。

人生は螺旋-歌志内市にて

※Facebook掲載と(ほぼ)同内容です

ただいま午前8時30分。周りにセイコーマートが1軒しかない、歌志内市の宿の部屋で一夜を過ごして会場に向かいます。「第1回 声つむぎ演読コンテスト」の本番です。鶏が先か卵が先か、とはよく言うものですが、ひとの人生にだってそういうことってあるんでしょうが、もう1つ感じるのは「螺旋だなあ」ということで。

演劇のいち観客から始まり、札幌を始めとした北海道に足を運ぶようになったのは2014年の夏で、この時も今年と同じく仕事のある節目を迎えたタイミングでした。干支ひと回り。その間、朗読会拓使も俊読2019、そして昨年の四都MONOがたり2025と3回、読み手としても来ることができました。

その、そもそものきっかけをふと、思い出したのです。

更に遡って、32年前。大学入学の年の春ですから、演劇を大学でやろうと決めてはいてもなんの展望もなく、そもそも名古屋に残るか松本(信州大でした)に行くかまだ決めていないタイミングで、中学校の恩師、国語科の宮田和彦先生。私はこの方に小劇場演劇というものを仕込まれたのですが、名古屋に富良野塾が来る。いくぞ、と。

「北の国から」を、倉本聰という人の名前は知っていても、演劇ですか?と思いながらマツザカヤホールで観た「ニングル」にすっかりヤラれてしまい、現在に至るまで何回とないくらいに泣かされてしまったのでした。そしてこれが大学演劇部への入部につながっていくのですが、その時の多分キャストの方が、今日のコンテストの審査員にいることを知って、螺旋だな、となったのです。

それ以外のより小さな螺旋はいくつもあるのですが、時間です。そろそろ会場に向かいます!

2023.2.16→ ふたたび、みたび(2)

ふたたび、というのがコンテストやコンクールへの参加であるならば、みたびというのがこちらです。出場者ではなく、その種の催事の、司会者としてのお手伝いに今年も関わることになりました。

一般社団法人朗読表現研究会が主催する「第五回 U35京都朗読コンテスト」です。https://www.rlabo.jp/krc/index.html

もともと朗読の世界に私が足を踏み入れた高校時代、「夏のNコン、秋の千代田と高文連」のサイクルがありました。現在まで続くNHK杯全国放送コンテストは、7月末に東京で行われる全国大会に向けて、早いところでは新年度もそこそこに地区予選が始まるのは昔から変わらぬ伝統です。愛知県は6月中旬。これも今も同じです。

一方、翌年の夏の全国まで続く高文連はともかく、「秋の千代田」は既に知らない方、初めて存在を知る方も多いと思います。9月から11月にかけて、かつて東京・上野にあった千代田工科芸術専門学校がニッポン放送・産経新聞社と組む形で、全国規模の「高等学校放送コンクール」を行っていました。毎年夏休みには各地区で講習会が行われていて、ニッポン放送=NRN系列ということですが、会場はCBC(中部日本放送)で、天才クイズに出られなかった私が局内に入ったのはこの時が初めてでした。当然ながら、この時にはAMラジオのネット局に複雑な事情が絡んでいることは一切知る由もありません。

我ながら物持ちが…((当時のテキストです)

そのほか、地元の東海ラジオ放送がつい最近まで開催していた「高等学校ラジオ作品コンクール」も含めて、数多くあった発表の場が徐々に絞られていく中で、朗読する若い世代が目に見えて減り続けて行くことに対して危機感を抱いたことが、この「R35京コン(という名の愛称)」のついた、このコンテストが生まれたきっかけである、と伺いました。

もうほんとに、この京コンの存在を知り、その考え方に触れたとき、私が考えていたこととこんなぴったり重なることがあるのかしらん、という心境でした。そして主催者の代表、佐野真希子さんのことも大して知らない(薄くはつながっていましたが)まま、とりあえず何か手伝わせてください!とDMを送ったのが2024年の春先。その時はまさか司会の役が回ってくるとは露知らずでしたが、なんとかお役を果たすことができているようで、今回の第五回も司会でお手伝いすることになりました。

そのコンテストが、つい昨日(7/25)からエントリー受付を開始しました。高校生部門(16〜18歳)と一般部門(19〜34歳)に分かれております。ぜひ多くの方の挑戦をお待ちしていますし、横でどんな読みに出会えるのか、どんな驚きがあるのかが楽しみでしょうがないのがこの場なのです。

https://x.com/krcU35/status/1940581640121864621

第三回(2024)の本番の様子。隅っこに写っているのが私です

自分が高校生の時には、とにかく褒められたくて、賞がほしくて、全国大会に行きたくてしょうがなかったことを強く覚えていて、その分「読むこと」自体に真摯に向き合ったとは言えない3年間だったように思います。あるいは今、こういう立場にいるのは、その時にやり残した「聴く」ということの尊さを忘れるなよ、と誰かにどこかで言われているのからなのかもしれません。

こちらの本番は10月25日(日)京都市北文化会館にてです。入場無料なので、朗読に大して興味のない方も、私の司会っぷりだけでも観に来てください(笑)。

2023.2.16→ ふたたび、みたび(1)

「前にも記したような気がしますが、行きがかり上参加していた「競技朗読」からはこれで引退です。個別個別の場でいただいた栄誉は栄誉として、これからは新たな作品の「発掘」に力を注いでいきます。」

「他人の評価に自らをさらすという意味の行為であり、それを原動力として自らの読みを進めるという側面が、徐々に強くなってきた気がしました。」

『「そこ」で勝とうが負けようが、重要なのは「その後」であり、朗読してる限りは準備と屈伸が続くのですから、と一丁前なことを申し上げておきます。』

2023年の2月、最後に朗読のコンペティション的なもので出たときに書き残したものです。読み返すと本当に一丁前なことを申し上げていますが、それから離れていた間も、何度かコンテスト・コンクール的なものに出ようかな、と思ったことはあったのです。ただやはり、上記のような思いが先に立って、振り出しに戻る、的な。

しかし、今回「声つむぎ演読コンテスト」にエントリーしたのは、2つの要素が重なったからでした。

https://www.hyouten.com/koetsumugi_2026#toc4

作品の発掘、ということを自分の読みの主眼におくに当たっても障害や壁になるものはどうしてもあって、その1つが作品の隣接権を含む著作権です。今回の主催の三浦綾子記念文学館の実施要項には、本選出場者となった場合の「特典」としてこうありました。

「三浦綾子著作(単著99作品)の朗読および演読の使用許可証(紙)
 ※許可証の有効期間は 2026 年 8 月 8 日〜 2027 年 8 月末日です
 ※対面での朗読会等のほか、オンライン配信も可能な使用許可です」

発掘せよ、ここから、と三浦さんから言われているようなものです。このオファーにはなんとしても応えなくてはならない。そう感じたのです。そういうわけで浪曲ロッキューの直前ではありますが、5月以来の北海道に乗り込み、ひとり語りという形態で三浦作品に向き合ってこようと思います。

本番は8月8日(土曜日)。三浦さんが初めて代用教員(今で言うところの臨時的/任期付任用教諭)として勤めた歌志内市での開催です。

「ikki星☆」@内幸町ホール終了

昨夜(10月4日)は、先月に行われた「ikki星☆が挑む 朗読 太宰治の世界」の振り返りZoomでした。公演そのものが終了して、いやそのかなり前からモヤモヤしていたものの正体が、今朝起きる前のベッドの中で「!」という感じで気付いたので、ここに書き残しておきたいと思います。

9月22日(日) IKKI星☆が挑む「朗読 太宰治の世界」(ミニ講演:太田治子氏)

 

なお、いろいろハレーションが起きることが予想されるので、SNSには流しませんし、おそらくこの欄を見てらっしゃる方はごく少数である(断言)分、しっかり残しておきます。

これは一部Facebookでも触れましたが、まず他の出演者の皆さんと、スタンスがまるで違うこと、それこそ、よく最後まで喧嘩別れせずにできたなあ、ということを改めて思いました。朗読で何を表現するか、という根本の部分において、良いとか悪いとかではなく違いがある。

自己を、つまり自分自身の感情や感覚を表に出す「表現」なのか、

作品世界や人物・事物そのものの描写に徹し、自己を隠す「表現」なのか

という違いです。

私はこれまで関わってきた演劇の世界でも、その延長線上にもある朗読においても基本的には後者であるべきと考える者です。役者の素を曝け出してはいけない、たとえ姿かっこうは変わらずとも、薄皮1枚、そこにしかない幻を信じなさい、と教えられてきたものでした。

だから朗読に移行する前、ナレーションを学んだ現場で戸谷(美恵子)先生に「あんたは声ばっかり大きくてブレーキがないの!」とよく叱られました。今から思えば、戯曲やセリフが醸す世界に没入して読み手が見えない、自分がどう聞かれているかを意識しなさい、ということだったのだと思います。

ただし、そうは言っても、実際の朗読や舞台はこの2つのうちのどちらかしか存在しないというわけでもなく、常に混在しその比率は時と場合によって変動するものだ、とも考えています。多分その認識は、これまで自分が修めてきた技術的な面が大きいと思いますし、意識的かどうかを問わず、自己の感覚・感情を作品と直結させて馬力を出す、という局面もあるはずで、実際これまでもありました。

多分、私以外の方々は、そのあたりの揺れ動きとはほぼ無縁で、まずはご自分がどう前者の意味で「表現」するかが先に立つ、もっとあけすけに言ってしまえば、作品や作者の世界観をダシにして自己を表出する、と言っても良いかもしれません。そこが、書かれてある小説の言葉との距離感を探り探りしていた稽古での私に、画面越しに苛立たれていた理由だったのかもしれません。

繰り返しになりますが、それが悪いとは言いません。

ただ今後、継続的にご一緒できるかと訊かれれば、うーん、このままならば限度があるかなという感想を、振り返りのZoomでのやりとりを聴きながら抱いていたのだな、と未明のベッドで気付いたのでした。

実際の朗読、ニシムラは狸にしか見えなかった、というご感想と、何言ってるか分からなかったというご感想の両方がありました。当然のことだと思いますし、改めて、テキストを読み込み、掘り下げ、それを声に出すことでどこまで密度を濃く描き出すことができるかに挑まねばならない、と感じた今回の内幸町ホールでした。

以上で報告を終わります。

本日東京「IKKI星☆」の太宰治です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今月2度めの3連休、初日から東京に来ています。当日報欄でもたびたび触れている、NPO日本朗読文化協会が主催した「朗読指導者養成講座」に参加したのが2021年秋から翌年の夏にかけて。そこが「朗読四都MONOがたり」開催のきっかけにもなったのですが、今回もこれはより大人数での企画であり、内幸町ホールという会場の規模も違う、いわば「大ごと」なのですが、ここまでZoomでの打ち合わせのみで進んできたので、なかなか大変でした。

詳細は協会のページにも掲載されていますのでこちらからどうぞ。

9月22日(日) IKKI星☆が挑む「朗読 太宰治の世界」(ミニ講演:太田治子氏)

しかし昨夜(9月22日)、対面での最初で最後の通し稽古を終えて、少しだけ不安は解消されました。もちろん本番でどんな不測の事態が起こるのか、それはわかりませんが、まー何とかなるでしょ?くらいの気持ちで行ってみたいと思います。

チケットは相当早くに完売となりました。それこそ私がSNSでお知らせをする暇もないくらいで、大変ありがたい話です。首都圏は朗読への関心がやはり高いのだなと実感しているところです。

今度はちゃんと報告いたします。座談会の記事を上げてないことに今気づいたので…。

「朗読座談会」終了ご報告

(一部Facebookと内容が重なる箇所があります)

参加する前にエントリを残しておいた「朗読座談会」、終わりました。ご参加の皆様、ありがとうございました。有料での配信はこの後2月20日からなので、お申し込みの方でそちらを見られる方には少しネタバレになってしまうかもしれませんが、自分の感想主体で当日の様子をご報告します。
新幹線で上京の途上の間、なんとなく「口火を切るとすれば自分だろうな」と思っていました。パネラーとしての出場者中、男性は私含めて2人、そして多分、年齢も若いほう。ということは…という考えと、同時に、話すとすれば「私(の朗読)はどうあるべきか、どうしたいか。そういう自己規定の話」だと思っていましたので。そして、その意図を感づかれていたのかどうかはわかりませんが、進行側にいらした加賀美幸子さんから最初に指名されてしまい、自分の目論見通りに口火を切ることになったのでした。
そこでまず私が名前を出したのは、徳川夢声でした。
いま私は岐阜・柳ケ瀬で吉川英治作品を読んでいますが、夢声翁の朗読といえばラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)や地元の東海ラジオで放送された「宮本武蔵」であり、20年以上も前にラジオから流れたそれを耳にした時の衝撃をそのまま伝えたつもりです。
あるいは、その感じがその後の進行をスムーズにしたのかもしれません。「上手い朗読って、何?」というタイトルに対して、他の参加者の皆さんも思い思いに話をし始め、「えっマジそれ言っちゃっていいの?個人特定されない?」という話題を出される方(これはさすがに書けない)もいたり、気が付けば盛り上がりの中で150分近くを過ごすことになりました。
後半部分では、2007年に「三十代の潜水生活」という名前で2人の朗読イベントを始めた時に、企画書か当日のパンフレットに残した言葉も思い出したので、それを申し上げたりしました。これは今でも変わらないつもりですが、朗読は自分ひとりが読むものではないし、「わたし読む人/あなた聴く人」という区分けは無意味だと思っています。私が私の音声を用いて申し上げた言葉を耳で聞き取ることで、あなたも「読む人」なんだと思っている、というようなことも付け加えました。
いずれにしても、とても意味のある、得難い経験になったと感じています。さて、これを基に次はどう動くかということが問われます。頑張ります。
写真は終了後の集合写真。そして会場(東京ウイメンズプラザ)の隣が国連大学で、ちょうどマルシェが開かれていたのでタコライスを。

本日「朗読座談会」@東京・青山

23時をかなり回ってから書き始めて、きっと打っているうちに日付が変わるだろうな、と思っていたらその通りになりました。今日はこの後寝て起きて東京に向かいます。
2021〜22年にかけてお世話になった、日本朗読文化協会が主催する「朗読座談会」に、一般の参加者のひとりとして加わることになりました。既に会場観覧も動画配信も申込みを締め切っているので、残念ながらこれからご案内をすることはできないのですが、参加する前に、私自身の思うところを書き残しておこうと思います。
「上手い朗読って、何?」というのが当イベントのパンチラインですが、ひとことで申せば
「そりゃいろいろでしょうよ」
になるかと思います。身も蓋もない話ですが。発声と言葉の調音に重点を置けばアナウンサー、ナレーターと呼ばれる方々が最も得意とするところでしょうし、劇的表現であれば、俳優声優、あるいは伝統的な音声芸術、文楽常磐津清元落語講談浪曲といったあたりを生業とされる先生方が自家薬籠とされるところでしょう。
そのどちらでもない、私はどうあるべきか、どうしたいか。
そういう自己規定のお話だと思うのです。
こう読むのがいい悪い、こんな読み手のここが上手・下手などという狭い了見の話ではなく、これまでの来し方と今後の私の歩もうとする方向をお話しできる機会であれは有り難いと思います。
また終わりましたら報告をいたします。

「朗読四都MONOがたり2023」終了

本番終わって、あれやこれや済ませていたら時間がかかってしまい、久しぶりの夜行高速バスで帰名して1日働いて寝て起きて、未明にこれを書き始めました。10日14日〜15日の、シブヤ大学での朗読ワークショップを含めた「朗読四都MONOがたり2023」、つつがなく終えることができました。ご来場の皆様、開催にご支援、ご協力をいただきました皆様、改めて深く御礼申し上げます。ありがとうございました。

各種SNSにも既に書いたり書こうとしていたりしますが、あまり目立たないこちらには、私が今作の制作に携わるに当たって、本当にお世話になった2人のことを記録しておきます。

前回に続き、ちらしのデザインをお願いしました、三重県津市の「橋本デザイン室」の橋本純司さん。出会ってからもう20年近く、宣伝美術をお願いする関係だけでも14,5年の中で、一貫して私の考えていることをビジュアルに落とし込んでいただける貴重な存在です。言葉が過ぎるかもしれませんが、一般的な朗読会のちらしは、会の大小を問わず、「中村仲蔵」の台詞にも出てくる「工夫が足りない」感を帯びたものが大多数です。つまりダサいものしかない。「朗読会拓使」から続く流れの中で、何としてもそれだけはしたくありませんでしたので、今回の反応は幸いなものとなりました。そんな橋本さんは今度、ご自身が戯曲と演出されるユニット「コケムスカヲリ」の上演があります。「中島さんを最近見ない」

http://kokemusukaori.com/stage/nakajimasan/

11月末は三重県伊勢市、12月16日には津市で開催される松原豊さんの写真展の関連企画としての上演、ぜひチェックしてみて下さい。私は伊勢の方に行くと思います。

https://gallery0369.jp/exhibition/2023matsubarayutaka-murakio/

そして、今回の告知記事を書いて下さった、東京新聞(中日新聞東京支社)社会部の小川慎一さんとも、もう10年以上のお付き合いとなりました。もともとTwitterでは繋がっていたところに、岐阜(支社)に赴任されることになり、そのころ通算50回そこそこだった「三十代の潜水生活」を取材していただきました。今回、10月5日付朝刊の都心版に掲載された記事を読みながら、その時のことをまた思い出しました。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/281769

そういえば、東京に転勤で戻られるとき、柳ヶ瀬で最後に飲んだ店は、今年5月に開業10年を迎え、記念のイベント「演劇の日」にお邪魔した神室町商店Heatでした。やはり繋がるんですね、何ごとも。もちろん、それは分かっていたので、朗読の際に身につけたネクタイは、私を岐阜とつないでくれたきっかけとなった方、元・岐阜市文化センター副館長の故・本田秀勝さんの形見分けでいただいたものだということも申し添えておきます。

4者4様の朗読、いい意味でも悪い意味でもバラバラでまとまりがなくて、そもそも私を含め朗読家の特性として自分のことが最初に来る(笑)という関係上、まとめるのに苦労もありましたが、何とか終えることができると、やはりそれが喜びに変わったのは間違いないです。その意味で旅をしていたのは、お聴きいただいた客席の方々とともに、舞台上の私たちもだったかもしれません。

来年は名古屋らしいです。今から準備しないと、と思うとおちおち寝てもいられませんが。

15年目へ。

 

※Facebookからの一部転載を含みます※
本日(9月23日)は岐阜・柳ヶ瀬商店街のいしぐれ珈琲にて「朗読濃尾(ノーヴィ)」通算第155回でした。今回は、今日・明日と開催中の恐竜体感イベント「柳ヶ瀬ジュラシックアーケード」に協賛して、太宰治の「鴎(かもめ)」の朗読でした。思えば昨年も中谷宇吉郎先生の随筆を読みましたが。
じゃあなんで今回は太宰?と思われるでしょうね。そっちじゃなくて作品のタイトルに理由があります。

 

約6600万年前、巨大な隕石が落ちてきて生物の大量絶滅を引き起こしたときに、鳥類以外の恐竜はすべて地球上から絶滅した、というのが定説です。ただし、それには例外がありました。地上で生活していたと思われるいくつかの鳥の種は天変地異を凌ぎ、親類の恐竜たちが次々と死に絶えていくのを尻目に、あっという間に勢力を拡大していきました。
「窓辺でさえずっているかわいらしい小鳥たちは、この地球上に現存している唯一の恐竜たちです」と述べる研究者の存在を、↓のサイトで知りました。

 

そうか鳥は恐竜なのか!じゃあそのあたりで作品探すか……と決めてはみたものの、結局は手近な太宰作品にしたのは、「私は唖(おし)の鴎だ」と自身を規定しながら、それでもどうにか生き抜こうとしていた、1940年の太宰を、私自身と重ね合わせたように思います。

 

そして、今回をもって、2009(平成21)年夏にスタート以来満14年を迎えることができました。休みなく来ていれば、単純に168回になったはずですが、この間新型コロナの影響だけでなく、災害だったりトラブルだったりで何回か抜けているための155回で、来月からは15年目に入ります。思わず指折り数えました。
ここまで来られたのは勿論、これまでお送りした配信を聞いて下さった方、移転前も移転後の店にお越しいただいた方、そしていうまでもなくプロデューサーの石博さん、今回も立ち会って下さったぽちさんはじめ、岐阜のみなさん、柳ケ瀬商店街の皆さんのお力添えあってのことであり、それなしでは続くことはありませんでした。改めて深く御礼を申し上げたいです。
本当にありがとうございました。
そしてこれからもどうぞよろしくお願いいたします!

 

柳ヶ瀬も大きく変わりつつあります。
かつての店跡地にはグラッスル35が建ち、今はキッチンフクイ2ndがあるあたりが、高島屋南商店街のメインストリートでした。高層マンションが複数林立したことに続き、いよいよ日ノ出町の中心部に残る長崎屋の旧店舗が撤去され、公園的な?広場の造成が始まるとのこと。どんな風景になるんでしょうね。いずれにせよ、未来に向かって進む柳ヶ瀬にひとりの読み手として関わりたいという気持ちにいささかも変わりありませんし、その心境は年月を重ねるうち徐々に明確になってきたように感じます。

 

その意味でも、私は柳ヶ瀬に育てられたのだな、とも考えながら、夜の街並みをパシャパシャ撮りながら帰ってきました。次回は10月28日(土曜日)です。配信はうまく行かなかったので、ちゃんと編集したものを急いでお見せできるようにします。また、リアルでもご来店をお待ちしております。
暑すぎる夏から秋へ、ようやく疲れも抜けて動き出せそうです、と書いているうちに日付が変わり、年齢をひとつ重ねました。48歳、年男のニシムラもどうぞよろしくお願い申し上げます。