こんな風に歳を喰いたい② 出村孝雄先生の口演童話

前稿から続く②です。吉森さんの話を受けて、というほど過去の思い出に振れた話ではなく、むしろ未来に向けた目標のようなものができた、ということで、いつか書き残さねばと思っていた話です。

コロナ禍のまっただ中、外出も極端に少なくなった暇を埋めるように、読んではYoutubeに上げというプロセスを繰り返しました。それまでは柳ヶ瀬での録画を1ヶ月に1本上げるだけだったのですが、この4、5月の2ヶ月で11本のアップです。ユーチューバーって大変だなあ…、と最近すっかり定着した感のあるあの職業の片鱗を体験したような気がしました。今後も上げていきますし、実はこの後、午後4時半に1本上がるのですが。

■そんな中で、これから、岐阜で、柳ヶ瀬で何を読んでいこうかということを考えたのです。もちろん山本周五郎を始め、青空文庫に収録された作品を読んで残していくのは勿論なのですが、できれば地域に根付いた作品を読みたいというのは常に願望を抱いていて、これまでに #麒麟がくる とも絡む吉川英治「新書太閤記」や、岐阜信用金庫の社史的読み物「長良の篝火」を読んできました。そういう作品、どこかにないだろうか、と。

■そう考えていたゴールデンウィーク中、岐阜大学の出村先生のエントリで知りました。出村先生のおじいさまが童話作家であったこと、その口演の模様がアップされたものを拝聴しました。あくまで穏やかに、とても優しい語り口の作品群がすごく良いなあと思うと同時に、カセットテープでの録音を基とする音源に、ある種の凄みを感じたのです。

https://pekeronpa.com/writer/

■子どもたちに聴いてもらう読み、自分にも経験はありますが、何の照れもてらいもなく物語に向かってくる、そのテンションは凄いです。学齢が上がるに従って、読む側の私の声への意識が徐々日に高まってきますが、幼稚園から小1くらいまではそれをも超えて、読む側の存在そのものに突進してくる。自分のコンディションによっては、それは恐怖さえ感じるものかもしれませんし、実際そう感じたことが私にはありました。

■出村孝雄先生の中にも、或いはそんな惑いや恐れはあったのかもしれません。それをみじんも感じさず、どこまでも穏やかで優しい、包み込むような感触。どこまで行けるか分からないけれど、こういう読みを目指したい、と思えたのでした。

■「ペケロンパチャンネル」ぜひ1度、お聴きになってくださいませ。https://www.youtube.com/channel/UC0vrawuUhBALeQPAV8O27hA/

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