吉田拓郎なんて、ぜんぜんリアルタイムで聞いてたわけでもなく、だいたい中高生の頃からゴリゴリのさだまさしファンだったし(今となってはそれもそれでおかしい)、たまたまYoutubeで接していたくらいでたいして思い入れもないのですが、1年に1回だけ、今日みたいな時間帯にだけは聞いてしまうのです。
私は今日まで生きてみました
そして今 私は思っています
明日からも こうして生きていくだろうと
生まれて50年が経ってしまいました。ちっともご立派な人生ではありませんでした。朗読することくらいしか取り柄のない、社会で偉業をなしえたわけでも、高い地位を得たわけでも、飽くほどの金や資産を持つわけでもない、あれ、私何のために生きてきたんだっけ、と落ち込みきってしまうことが、ちょうど先月の終わり頃から最近までありました。
やっぱりそういうとき、これもありきたりすぎて嫌になるんですけど、隣の芝は青く見え過ぎるわけです。同世代の、少し下や少し上、つまり同時代を生きてきた様々な分野の方々が活躍する姿を方々で見かけて、翻って自分はぢっと手を見る、と石川啄木みたいなことを考えるのです。そして最近は更に面倒なことに、この文章を書いているところも含め、SNSというものがある。いいことも悪いことも、よりあからさまに、より速く広く伝わる。そんな様子を前にして、また動き出すのが怖くなるのです。
何言ってんの、あんたそんなに日本全国ほっつき歩いて読んだり演ったりしてるのに贅沢だ、というお声もあると思います。でもそんな、旅に出る前から帰りたくなるような相反した心持ちのまま、ここ10年近くを過ごしてきたように感じます。
弱者独身男性は50代に狂う、という傾向があるという論考をどこかで読みました。詳しくは記憶していませんが私にもきっとあてはまるところあるよな、そこから逃げ続けているだけかもな、とも思わないでもないですが、「狂う」って、どんな状態を指すのか、とも考えるのです。10代半ばからのラジオ、20〜30代の演劇と、それに連なる朗読という表現行為への関わり、それらは50だからではなく、実は若くして狂い、ここまで狂い続けてきたのなら、既に日常なのではないか、と。
ふたたび、拓郎の歌が耳に入ってきます。
私には 私の生き方がある
それは おそらく自分というものを
知るところから 始まるものでしょう
けれど それにしたって
どこで どう変わってしまうか
そうです わからないまま生きて行く
明日からの そんな私です
ここまで来たんだからこうするしかない、とは必ずしも思わないけれど。目の前のことだけやっていれば全てがうまくいくなんてぬるいことも言わないけれど。それでも、深呼吸を忘れないようにしつつ、何事にも正面から向き合うべきなのだろうな、と除湿モードのエアコンの音しか聞こえない部屋で考えています。
そういうわけで51歳になりました。今週末にはまた柳ヶ瀬で朗読、来月にはU35京都朗読コンテストの司会、11月には石原正一さんとの企画、まだ発表してないですが1月には重要なやつがあるのです。ああ、私はやっぱりどこへいくのだろう。
とりあえずまた1年、宜しくお願いいたします。










