このNowbe Engineというサイトは、SNSが現在のような社会インフラの一部を構成するまでに発達するずっと前から、ひとりの演劇公演の制作に携わるものとして、またひとりの表現する主体(主に朗読)としての活動を記録するために立ち上げたものでした。そのきっかけになった思いは、昨今そのSNSのある場所でちょっとした話題になっている言葉のやりとりと、実は出発点を同じくしているのではないか、と感じています。と、いうわけでその辺りを昔話混じりで、自サイトとnoteにマルチポスト(死語)します。
どの劇団も個人も団内に固まって出てこようとしない、タコツボなんですよ。内輪むけに公演作って盛り上がって満足している。それが腹立つんです。
言葉のニュアンスの記憶はほぼありませんが、そういうことを私自身が述べたことはあります。ただこれは昨日今日の話ではなく、31年ほど前の話です。栄の街のど真ん中にあった、あるアルバイト情報誌の編集部の片隅に、大学生・専門学校生のサークル活動を支援する今でいう中間支援団体が置かれていて、その中に学生劇団を組織化しようという動きがあったのです。中部学生インターフェイス演劇連盟、大して活動もせず終わったのですがそういう名前でした。
今の名劇祭から全国学生演劇祭につながるような動きが私の頭にあったのかどうか、とにかく知り合いもいない金もない、そもそも役者として七ツ寺共同スタジオの舞台に立ち始めて1年半とかという段階でそんなことを口走っていたのです。夜郎自大ぶりに色々通り越して微笑ましいです。
↑メニコンシアターAoiが会場だった全国学生演劇祭(終了)https://jstf.jp/
その後、実際に自分たちで劇団作り、そこから抜けた後も少なくとも岐阜と三重県内では演劇に携わり、今も朗読でほうぼう訪ね歩いている者からすると、演劇公演や劇団の活動が行われる以上「内輪」はいつで生まれるし、反発したところで消え去るものではないし、逆に「嫌なら観なければ?関わらなければ?」言われたり思われたりしてしまうのが関の山、と感じてはいます。
今、話題になっている方々には、これにもそれは諦めや言い訳だ、と言われてしまうのかもしれませんが、それに加えてもう1つ、その方々が苛立ちを覚えていることがあるように思えて、そういう「内輪」とそれ以外の、ぼんやり「部外者」と捉えられている層の境界線が曖昧になって、遠目にみるとほぼ一体に見えてしまっていることに腹が立つのではないでしょうか。もっと具体的に言えば、観る側演(や)る側がお互いに線を引いて守ってきたのを踏み越えて、健全なじゃない馴れ合い状態にある、というような。
昭和文化小劇場(への道)
手垢のついた言葉で言えば、「推し活」化・ただしその言葉が発明されるずっと前から、演劇に限らず芸事一般、現在まで存在している現象ですし、むしろ、これまでの社会でなんとなく了解されていた、その距離感も変わってきたところに、SNSがその増幅を担う、予期せぬコラボが生まれて目に止まるようになった、ということからもしれません。
名古屋演劇が嫌いでしょうがない、という意思表明を止める人は誰もいませんし、誰かや何かに危害を加えなければ自由になさればいいと思います。ただし、これがいちばん難しいだろうなと感じるのは、そういう言説が流通しやすいのは今回に限らず、SNSというプラットフォームで、それも爆発的に広がることもあれば広がらないこともあって均一じゃなく、一旦広がってしまうとリアルな対人空間と同じくかそれ以上に影響が大きく、厳しくなり過ぎるという、世間全体の問題と感じることが、最近とみに増えてきたことなのですよね。
それを避けるために、触れる人、見聞きする人によりどうとでも取れるSNSの空間では、最低限自らのスタンスを明確にした上の言葉にするのが最も重要なのかもしれません。この文章が載っているサービスを含めて、そういう個人個人の「引受け力(りょく)」と言いますか。面倒くさいですけれど、ね。
同時に、これまで気軽に書き込んでいた批評や批判を吸い上げられるような、安心かつ安全な場所を確保することも急務のような気がします。これは演劇や舞台芸術だけでなく、表現活動全体とネット社会関わりの今後の方向性として求められるものかも知れませんが。
以上、名古屋の演劇の内輪批判は今始まったことではないよ、から初めてそういう問題意識をきっかけにして、50代になっても他地域の演劇公演等の名古屋地域への受け入れをお手伝いしている、私自身のスタンスの表明でした。
