2026年8月9日

人生は螺旋・2ー久保隆徳さん

※Facebookにも(ほぼ)同じ投稿をしています

第1回 声つむぎ演読コンテスト」終わりました。声つむぎコンテストの公式サイトで発表されている通り、選外。箸にも棒にもかからない結果に終わりました、とまとめてしまうと言葉が強すぎるかもしれませんが。

正確に言えば6年半ぶりのコンテスト参加に、ああこういう感じだったよなと思い出すと同時に、悔しい思いをする時もこうだったと追体験しました。昔と違って、京都でU-35京都朗読コンテストに関わっている分、ここで何か獲れたら箔付けになるかもとは全く考えなかったか、と言われたら嘘になります。しかし、そういう結果云々がどうでもよくなるくらい嬉しい気持ちにさせられた瞬間が、全部終わってからありました。

久保隆徳さん。今回の審査員のお1人にして、富良野塾出身で富良野GROUPの俳優であるこの方に、前のエントリでも触れましたが、私は18歳の時に客席で出会っていました。1994年3月中旬、今も名古屋・栄にあるマツザカヤホールが開館間もない時に来演した富良野塾公演「ニングル」の初演でした。森と火と人の営みとの間に生まれる相剋に誰もが悩み、怒り、涙し、そして命を投げ出す120分ほどの作品だったと記憶しています。

その芝居に久保さんもご出演でした。その時のあるシーンが、脳内の映像に今もはっきりと残っています、今日こうしてお目にかかれて光栄でした、と伝えることができ、対してご本人からは「スタンドの高さ変えながら、マイクを最後に抜くまでのあれは演出?あのグッと入っていく感じ、良かったなあ」(大意)とお褒めの言葉をいただきました。気持ちがフワフワしてたので正直細かい言葉は抜けました。

螺旋がひと回りして、それが上向きなのか下向きなのかはともかく、昔見たのと似たような風景が見える場所にやってきたことを自覚した。そんな実感に強くとらわれました。

三浦綾子の作品をモチーフにした課題にストンと落ちる瞬間がすぐに来たわけでなく、コンテスト終了後の交流会でも男声・女声の違いのよる作品との距離も議論になった場面もありました。ただ一夜明けてやはり思うのは、三浦綾子の作品は確かに女性の目線だが、それらが描く世界は(信仰に基づく)人間の実相を追求するものに他ならないし、性差、声の違いはそこへ接続するための難易度の差でしかでしかないのでは、と感じています。

ありていにいえば「私の世界を捉えたきゃもっと努力しなさい」と三浦さんに言われた経験をしてきましたということかもしれません。じゃあお前はどうやって殴り返すんだ?それに答えを出すのが今日からの新しい螺旋を作っていくのかもしれない、と感じます。

久保さんありがとうございました。そして今コンテストの運営に関わられた三浦綾子記念文学館の皆様、ご一緒した出場者の皆様にも深く御礼申し上げます。

またどこかでお目にかかれればと思います。

人生は螺旋-歌志内市にて

※Facebook掲載と(ほぼ)同内容です

ただいま午前8時30分。周りにセイコーマートが1軒しかない、歌志内市の宿の部屋で一夜を過ごして会場に向かいます。「第1回 声つむぎ演読コンテスト」の本番です。鶏が先か卵が先か、とはよく言うものですが、ひとの人生にだってそういうことってあるんでしょうが、もう1つ感じるのは「螺旋だなあ」ということで。

演劇のいち観客から始まり、札幌を始めとした北海道に足を運ぶようになったのは2014年の夏で、この時も今年と同じく仕事のある節目を迎えたタイミングでした。干支ひと回り。その間、朗読会拓使も俊読2019、そして昨年の四都MONOがたり2025と3回、読み手としても来ることができました。

その、そもそものきっかけをふと、思い出したのです。

更に遡って、32年前。大学入学の年の春ですから、演劇を大学でやろうと決めてはいてもなんの展望もなく、そもそも名古屋に残るか松本(信州大でした)に行くかまだ決めていないタイミングで、中学校の恩師、国語科の宮田和彦先生。私はこの方に小劇場演劇というものを仕込まれたのですが、名古屋に富良野塾が来る。いくぞ、と。

「北の国から」を、倉本聰という人の名前は知っていても、演劇ですか?と思いながらマツザカヤホールで観た「ニングルにすっかりヤラれてしまい、現在に至るまで何回とないくらいに泣かされてしまったのでした。そしてこれが大学演劇部への入部につながっていくのですが、その時の多分キャストの方が、今日のコンテストの審査員にいることを知って、螺旋だな、となったのです。

それ以外のより小さな螺旋はいくつもあるのですが、時間です。そろそろ会場に向かいます!